造影CT検査で使用する造影剤は、なぜ気持ち悪いと感じるのだろうか
体調を崩して病院行ったり寝込んだりしてたら……
なんか、気づいたら前の更新から10日以上経ってました。
あきまへん、あきまへんがな。
本当は毎日更新したいのですが、体調とか仕事とか家事とか重なると難しいですね。
先日、がんが再発していないかチェックするための検査を受けました。
題名のとおり造影CT検査です。

この機械にかけられる前に、体内に造影剤というものを注入するのですが……
あれ、すっごい気持ち悪いんですよね(꒪ཀ꒪)
体内に入るとそこから体が熱くなって、なぜだか粘膜のあたりがすごく熱くなる。
あぁ、体に入ってるな~というのがわかるんです。
そんで股間とか熱くなるから、おもらししちゃったのかと心配にもなる(^◇^;)
毎回毎回。
何度やっても慣れない薬です……
ちなみに人によっては気分が悪くなるそうで。
hiroさんはこの造影CT検査を受けたとき、吐きそうなほどに気分が悪くなったそうです。
私はそこまでにはならないんですが、どうにも体感というか、感覚が気持ち悪い。
そのためか、技師さんが必ず尋ねてきます。
「気分悪くないですか?」
そんでブザーを持たされます。
「気分が悪くなったら、押してください」

これ↑は病室のベッドサイドにあるナースコールですが。
そういうのを持たされるほど、気分が悪くなる人が多いんでしょうね。
検査結果は16日の婦人科診察でわかりますが……
年を追うごとに、結果が怖いデス。
なぜって再発するのって、どう考えても年月を経てからだろうと考えてしまいますからね~……
今度、大好きな神社へ行って神頼みしておこう……
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
▲入院中、ものすごくお世話になりました……持ち運べる本棚です^^
ネタがないときは猫サマで☆
こんばんは。
ブログ更新するとか言っておいて、3日目で更新が止まったヘタレです。
昨日は用事があって動けなかったんで仕方がないですが、今から書こうと思ってもネタないんですよね~。
なので、飼い猫サマたちをアップします。

のぞみとこだまのキジトラ姉弟(兄妹?)
キジトラブラザーズとか呼んでます。

キジトラブラザーズのお母さん、くぅ。
黒猫なので「クロ」と発見した母が名付けていたのですが、黒にクロってどうよと考え、少しだけ変えました。
この3匹は親子で保護され、そのまま我が家に来た猫です。
実はキジトラは3兄妹で、メスの「ひかり」と名付けた子猫もいました。


メス2匹、オス1匹の姉弟なのですが、よく似ているので見分けが大変でした。
ひかりはとても良いご縁があって、今は違うお家で暮らしています^^
猫の譲渡は大変だなって、このとき思いました。
一応のぞみとこだまも譲渡会に参加させてもらったのですが、さすがに1回目で里親さんがみつかるはずもなく……

その後すぐ、私に卵巣がんがみつかり、そういった活動ができなくなりました。
治療を受けているうちに大人になってしまい……
もう我が家で飼うかという結論に至りました。
いやぁ、生きててよかった。
現在5匹の猫サマがいるので、さすがにツレであるhiroさんに押しつけて天国へ行くわけには行きませんしね。
その5匹のうちの2匹。

サビ猫レアと白猫ハヤテです。
レアはメス。ハヤテはオス。
ハヤテは先天的に右前足の骨が一本欠けているという、障がい持ちの猫です。
↑上の写真のように、骨がないせいで常に右前足が湾曲しています。
ですが、足の不自由さを感じさせることなく走り回っております。
レアは我が家の最年長猫サマになりました。

もう10歳を過ぎたのかな。
10年前は、我が家の新入りさんだったのにね……


こんなに小さかったコが、今ではふてぶてしい顔つきの大人になりました。
おてんば猫サマなので、困りものです^^;
今日は我が家の猫サマたちのご紹介でした。
5匹すべて、保護猫です。
過去記事で紹介したような気がしますが、ブログ更新が止まってたので、改めて掲載しました!
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>
「運動」よりも「倒れない」ことを目標にして体力をつける
おはようございます。
お題が出ていたので、それについて書いてみようかと。
今週のお題「体力」
体力をつけるためには?
とはいっても、体力をつける以前の段階なので、まず私が目指すべきは「倒れないこと」なのですが。
そのため仕事だってものすごく少ない日数と時間で働いているわけですしね。
とはいえ、短い時間で働いても体力はつかない。
まぁ、まったくつかないとは言いませんが、やはり日々の運動にはかないません。
体力つけるなら、やっぱり運動すべきなんでしょうね。

手術前に筋トレを勧める病院もあるそうですし。
筋肉のある方のほうが、退院が早くなるそうです。
とはいえ無理して運動して、救急車で運ばれたら意味がない。
特に私のように、更年期障害が出ているような人間に無理は禁物。
なので、ゆる~く動いています。
ストレッチとかゆるい筋トレとか。
こんな本読んでます。
樫木さんといえばカーヴィーダンスですね。
でもこれは椅子に座ってゆったり動いたり、起立した状態でも動きが少なめです。
カーヴィーダンスのように動き回ることはありません。
でも、カーヴィーダンスって真剣にやったらマジで痩せるんですよね~。
流行った頃にやって、一ヶ月くらいがんばったら、体型が変わりましたし。
まぁ、その頃とは新陳代謝が違いますけども^^;
実は卵巣がんで抗がん剤治療が終了して、二年ほどでかなり太ったんですよ。
6㎏くらいでしょうか。
卵巣をすべて摘出してしまうと女性ホルモンの分泌がなくなり、太りやすくなるんだそうです。
そこに更年期障害で動けなくなったこともあって、みるみるうちに太りました。
……で、たぶん今がんばっても痩せられると思いまして。
残してあったDVDを見ながら数年ぶりに踊ってみたら寝込んでしまいましたw
ホントに死にそうになったので、現在は封印しています。
まだDVDありますけども^^;
病気になった人は無理はしちゃダメっていう、見本みたいなことしてしまいました。
手術をして、病気が治っても、手術前の体になるわけではない。
頭ではわかっていても、心は「動ける」と勘違いしがちなんですね~。
倒れない、誰にも迷惑をかけない、外でやらない運動を心がける
なので、現在の私の目標はコレ▼です。
倒れない、誰にも迷惑をかけない、外でやらない
外で動いて倒れたら、間違いなく誰かに救急車を呼ばれます(※放置される可能性もありますけどね……)
この時点で、すでに他人に迷惑をかけています。
さらに私が病院に救急搬送されたら、家族も迷惑します。
その結果が、室内運動です。
ちなみにルームランナーも買いました^^
ウォーキングのために買いました。
テレビを見ながら歩けるので、とても良いです。
ちょっとランニングもしてみようかと走ってみましたが、1分ももちませんでした……_| ̄|○
もちろん、毎日ではなく、2~3日に1回くらい。
体が辛いときは絶対に無理しません。
辛くても動けるときはストレッチと軽い筋トレが中心です。
ダメなら横になるか、ベッドで大人しく読書か執筆です。
常に体と相談して行う。
それが、がんから回復した私の「体力づくり」なのだと思っています。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
ブログ再開します
おはようございます。
なんやかんやでブログ更新止まっていました。
抗がん剤治療を終えてから、体調は違う方向へ悪くなりました。
しんどいときは寝て過ごす~なんてことを、もう2年以上続けていました。
たぶん、更年期障害ではないかと。
やっぱり臓器はとっちゃダメですね。
私はもうアラフィフで、閉経も近いのでそこまで重くないのですが、これでアラサーとかだったらもっと重かったかもしれません。
卵巣と子宮を全摘出するってことは、女性ホルモンが分泌されなくなるわけですから。
余談ですが、女性ホルモンが分泌されなくなると、太りやすくなるようです。
抗がん剤治療を終えてから、体重がものすごく増えました……_| ̄|○
昔のようにガッツリ運動できないので、食生活の改善ですね。
軽い筋トレやストレッチならできるのですが、激しく動き回ると倒れてしまうので、体を動かすにも苦労します。
それでも、今は仕事をしています。
現在は、一日3時間の週2日くらいでパートの仕事です。
長時間働くと、ホント体が辛いです……
がんは早期発見して治療すれば消すことができますが、やはり、いろいろと弊害もあるんだなと実感しています。
でも生きてるからいいかな、と。
神さま、ありがとうございます(☆。☆)

体調が良いときに、小説も書いています。
最近、小説投稿サイト「カクヨム」で、新しい作品を投稿しました。
第14回つばさ文庫小説大賞に応募もしています。
もしお時間ありましたら、読んでいただけると嬉しいです。
ついでにポチポチとハート♥や星★で応援していただけると、いりのはアホみたく喜びで転げ回りますw
児童書ですが、応募数多いです。
角川つばさ文庫、人気ありますね……!
応募数も多いし、他の方々の作品も粒ぞろいですので、どこまで行けるのかわかりません。
ですが、
「応募できたー!」
……という、爽快感がありました。
人気作は「四つ子ぐらし」とか「トップ・シークレット」「サキヨミ」などがあります。
人気映画や人気ゲーム、人気小説も児童書として書籍化されてますが……
[rakuten:book:18756811:detail]
東野圭吾さんの作品を児童書にするとは……!
すごいな。
ちょっと買って読んでみよう^^
次はまったく違う系統の作品を書いています。
児童書ではなく、ブロマンスというジャンルです。
男性同士の深い友情や絆をメインに描く作品です。
でもなぁ、これ、男性から見たら絶対に「BL」って言いそうなんだよな。
ブロマンスとは、「brother(兄弟)」と「romance(ロマンス)」を掛け合わせた造語で、性的な関係を含まない、男性同士の非常に親密で深い友情や絆を指します。恋愛がメインの「BL(ボーイズラブ)」とは異なり、恋愛感情や性的な関係は伴いません。お互いを認め合う唯一無二の関係や、かけがえのないバディ関係、魂の奥深で繋がっているような絆を表す言葉で、文化や物語のジャンルとしても扱われます。
~AIによる概要より抜粋~
ついでに、wikiだとこんな感じ▼
ブロマンス(英語: bromance)とは、2人もしくはそれ以上の人数の男性同士の近しい関係のこと。性的な関わりはないものの、ホモソーシャルな親密さの一種とされる。
語源
Bromance という単語は、bro もしくは brother(兄弟)と romance(ロマンス)のかばん語である。 スケートボード雑誌ビッグ・ブラザー(英語版)編集者のデイヴ・カーニー(英語版)によって、四六時中一緒にスケートボードをしているような関係という意味に限定して使うために造られた言葉である。
~ブロマンス - Wikipediaより抜粋~
参考程度に何冊かそれっぽい人気作を読んでみましたが、なんとなくBLっぽいんですよね。
やはり、女性が書くとそうなりやすいのかもしれません。
まぁ、いっか。
自分なりに書いてみよう。
そもそも私、BLは書けないし。
読めますけどね。
とにかく、またブログ書いてゆきます~。
不定期更新ですが、できれば隔日にできるといいなぁ……
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>
[rakuten:book:16236632:detail]
卵巣がん日記 その⑤~~初めての抗がん剤治療へ
がん治療と切っても切れない「抗がん剤治療」
私はがんの進行度は低いのに、この抗がん剤がトラブル続きでした。
あのときは本当に大変だったなぁと、今でも思います。
がん治療で本当に大変なのは、手術ではなく抗がん剤だと知る
退院まで順調だったのに、突然いりのに立ち塞がった大きな障害
卵巣がんのステージは「Ⅰc2期」と判明
がん治療で避けて通れないと思われるのが、抗がん剤治療。
ですが私は、発見が早期で、部位によっては抗がん剤使用が無い場合もあることを、今回の治療で知りました。
抗がん剤治療の有無は、がんの進行度によって決まります。
ご存じの方は多いと思いますが……
がんのステージは0~Ⅳ期まで分類されており、さらに各ステージごとに細かく分類されています。
このステージが、がんの進行度です。

その進行度は、
- がんがどれくらいの大きさになっているのか
- 周辺リンパ節への転移はあるのか
- 他の臓器や器官に転移していないか(遠隔転移)
以上、3つの要素から判断されています。
これは「TMN分類」と呼ばれていますが、私たち患者には、こんなふうに告げられることは、まずありません。
実は手術前から退院まで、正確ながんのステージがわからない状態でした。
ですが手術前の診察で、ステージは告げられます。
私の場合は「Ⅰ期(Ⅰc)」と言われました。
ただし、それはあくまで予測の範囲の話です。
CT等の検査で診断した範囲での予測という形で、さらに医師の経験則から告げられる言葉。
手術をしたことで、開腹した医師が視診・触診し、「卵巣がんである」ということがわかっても、正確なステージは病理検査に任せないと出てこない。
そして、その病理検査は時間がかかるとも言われました。
「2~3週間はかかります」と言われたと記憶しています。
正確なステージを告げられたのは、退院して10日後の診察日でした。
「ステージⅠc2期」
手術前に告げられていたステージと変化がなかったので、ちょっとホッとしました。
お腹を開けてみたら、予想以上に腫瘍の状態が重かった(もしくは軽かった)。
また病理検査してみたら、さらに重かった(もしくは軽かった)……。
そういうことは、よくあるのだそうです。
だから担当医も軽々しく断言できない。
そして患者は悶々として待つしかない。
そしてがん治療は、手術を終え、ステージが明確になったところで終了ではありません。
そこで終了することもありますが、大半の患者は次のステップ――抗がん剤治療へと進みます。
私はこの日、抗がん剤治療の説明を受けた後、同意書にサイン。
その後、2階にある通院治療室へ行き、事前に説明を受けて、その日の予定はすべて終了となりました。
抗がん剤治療の前にはやることがいっぱい
1週間後、私は病院を訪れました。
その前に、先週の診察時に、事前に処方された薬があったので、朝食後に飲みました。
アプレピタント。吐き気止めです。
2種類ありますが同じ薬です。
80mgと125mgで、容量が違います。

投与前に服用する薬と、その後に飲むものです。
薬には抗がん剤投与1時間前とか書いてありますが、食後でも問題ないそうです。
そして、抗がん剤は点滴薬と飲み薬がありますが、私が使用したのは点滴薬を2種類。
また「抗がん治療は通院で行います」と告げられたため、治療が終了すれば帰宅できる流れです。
とはいえ、通院治療で抗がん剤を点滴で受けるためには、いくつかのステップがあります。
- 抗がん剤の投与が可能な状態かを調べるため、まずは採血⇒検査
- 血液検査の結果が出てから、婦人科で診察
- 問題がなければ、その場で担当医から治療のGOサインが出る
- 担当医が薬剤部へ連絡し、薬剤師が調薬開始
- 治療室へ移動し、点滴開始。
何事もなければ、点滴を終えて帰宅可能となります。
採血⇒診察⇒抗がん薬投与
この流れだけで、私の場合は4~5時間くらいかかるかなという感じです。
この日、担当医からGOサインをもらったので、4階の婦人科から2階の通院治療室へ移動。
カーテンで個別に遮られた空間内に、リクライニングチェアやベッド置かれてあります。
宿泊するわけではないので、必要最低限のものしか置いてありません。
そのため空間こそ狭いですが、わりとゆったりと点滴などの治療を受けられる印象でした。
私はこの日、ベッドへ通されました。
まずは看護師が体温・血圧などを計ります。
その間に、通院治療室に常駐している医師が、点滴の針を刺します。
普通の点滴であれば看護師でも良いようですが、抗がん剤治療は医師が針を通さないといけないそうです。
(※他の病院はわかりませんが、私が治療を受けた大学病院ではそうでした)
それらが終了すると、薬剤師から投与する薬について、簡単な説明がありました。

- グラニセトロン 吐き気止め(※同時投与 30分)
- デキサート 吐き気止め(※同時投与 30分)
吐き気止めを2本同時に投与。
時間にして、およそ30分
- ドセタキセル 抗がん薬(※60分)
- カルボプラチン 抗がん薬(※60分)
吐き気止めの点滴が終了したら、ドセタキセルを投与。
ドセタキセルが終了したら、カルボプラチンを投与。
翌日から、渡された用紙に書かれてある症状が徐々に出始める(かもしれない)。
特に2回目の投与からは白血球や赤血球等が減りますので、生ものを控え、ケガなどしないように日々注意して過ごしてください。
もし帰宅してから重い症状が出るようでしたら、夜中だろうと時間は関係なく、すぐに病院へ連絡するようにしてください。
また、この投与中でも違和感を覚えたら、すぐに看護師へ言ってくださいね……云々。
説明も終了し、いよいよ点滴開始です。
はじめてのアナフィラキシー反応
抗がん剤でアレルギー反応が出るとは予想もしていなかった……
看護師から吐き気止めの点滴薬を見せてもらい、薬に自分の名前が書いてあることを確認してから、点滴開始。
(※理由はわかりませんが、点滴を始める前には必ず点滴薬に記載された氏名を確認していました。吐き気止めはともかく、抗がん剤は間違えると大変なことになるので、そうしているのだと思います)
30分後、特に問題なく吐き気止めの点滴が終了。
続けて、抗がん薬「ドセタキセル」の投与を開始。

抗がん剤は初めてということもあり、看護師だけでなく医師も傍についてくださいました。
キチンと点滴が体内に入っていることを確認したら、医師は離れました。
吐き気止めのとき、看護師は投与した後はベッドから離れました。
ですが、抗がん剤の場合は違います。
異変が起こっても即時対処できるように、看護師が15分間は必ず傍にいるようです。
私としては特に不安はなく、漠然と「大丈夫だろ♪」のノリで点滴を受けて数分後。
時間にして3分も経ってないと思います。
突然、胃のあたりから駆け上がってくるような、苦しさがこみ上げてきました。
「え?ええ? なにこれ?」
「どうしましたか?」
「な……何かが、こう……こみ上げてきて、胸……苦しいです……!」
それから、急に呼吸ができなくなりました。
「アレルギー反応出ました!」
看護師が大声で告げながら、点滴を止めていました。
医師も飛んで来て、何やら的確に指示を出している様子。
カーテンの外でバタバタと人が動く気配がし、点滴が素早く入れ替えられました。
医師「アレルギーが出たみたいなんで、今からアレルギーを○○……。そのために○○○……点滴で……○○○○……」
息苦しさのせいか、医師の説明の最後のほう、ほとんど聞こえず。
聞こえなくても、とりあえず頷く私。
医師「いりのさん、他に吐き気とか苦しいところはないですか? 答えられますか?」
私「☆★☆★☆」
自分なりに何とか答えているつもりでしたが、呼吸ができにくいために言葉にならず。
私(や、ヤバい……胸が苦しすぎて、意識がもうろうとする……。こ、呼吸が……)
看護師「いりのさーん。もう大丈夫ですからね、落ち着いてくださいね~」
医師「酸素吸入器、用意して。顔、かなり赤いな。担当医は誰? すぐに連絡して」
看護師「はい」
聞こえるときと聞こえないときがありましたが、こんな感じのやり取りがありました。
その後、担当医から返事があり、落ち着いたら婦人科のほうへ戻って欲しいとのこと。
酸素吸入器で酸素を注入し、点滴でアレルギーを消している間に何とか症状が落ち着いてきました。
その頃には担当医からの返答があり、車椅子に乗って4階の婦人科へ移動。
担当医が通院治療室(2階)へ下りてくるか、私が婦人科(4階)へ上がるかを迷われていたようです。
ですが、受診患者が多かったためか、担当医が下りてくることはできませんでした。
4階に上がったとき、まだアレルギー処置のための点滴は、まだ私に付いてきていました。
このアレルギーを抑える点滴薬を受けると、眠くなるという話は後で知りましたが……
その薬のせいで、私は小一時間ほど眠ってしまったようです。
別室のベッドに横になったら、意識が遠のきました。
旦那と一緒に次の抗がん剤治療の説明を聞く
寝る前にLINEでhiroさんに連絡したいたこともあり、「ご主人が迎えに来ましたよ~」の声で起こされました。
心配して、会社を早退して来てくれたようです(/´△`\)ゴメンネ
その後、hiroさんと一緒に担当医から説明を聞くことに。
1週間後、別の抗がん剤を使用して治療しましょうという話になり、再び同意書にサイン。
アレルギー反応のしんどさが体から抜けきっていなかったせいか、ボールペンを握る手に力が入らない。
担当医が代理でも大丈夫と言ってくれたので、hiroさんにサインをお願いしました。
急性のアレルギー反応が、こんなに大変なものとは思ってもいませんでした。
これが世に言いう「アナフィラキシー反応」というのですね……
本当に、これは対応が遅かったり間違ったりしたら確実に死ぬだろうなと、強く感じました。
がんを治すために治療しているのに、その薬で急死するとか、マジで勘弁して欲しい展開です……_(º﹃º_)⌒)_
治療後でも、まともに歩ける状態ではなく、車に乗るまでは、すべて車椅子で移動でした……。
しかも体が疲れ切っているのか、まともに食事もできず、とにかく眠くて19時には就寝。
以降、2度ほどトイレで起床しましたが、朝までずっと寝てしまいました。
当然、翌日も元気に起き上がるなどできるはずもなく……
2~3日は寝たり起きたりの状態が続きました。
また、抗がん剤のせいかアレルギー中和薬のせいなのか、ひどい便秘になりトイレで苦しみました。
アレルギー反応って怖い。
抗がん剤って大変なんだな。
これからの治療に一抹の不安を覚える事件となりました。
そして、その予感は的中します。
これからの治療については、また体調が良いときに書きたいと思います。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>
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卵巣がん日記 その④~~腸閉塞の危険を抜けて、退院へ
入院当時に記録していた手帳を頼りに書いている、卵巣がん日記
使用している写真は2022年の入院時に撮影したものに、free素材も使用しています。
体調が悪すぎて撮り忘れたものもたくさんありますし、レントゲンなどは普通に撮影できませんので。
どれがfree素材かとまでは記載していませんが、ご理解いただけると助かります。
よろしくお願いいたします<(_ _)>
手術痕の痛みよりも怖いものへの治療へ移行
次に苦しめられたのは、腸閉塞(イレウス)寸前までいった腸の動きの鈍さ
背中の麻酔を止めても吐いてしまうのは、医師から腸の動きが弱くなっていると告げられました。
腸閉塞(イレウス)の疑いがあると。
今回の手術で腫瘍、両方の卵巣、子宮、リンパ節を切除する際に、腸をたくさん動かしました。
そうしたことで、腸がビックリして動きを止めてしまうことがあるのだそうです。
休む、と言うほうが正しいのかな?
大きな手術をすると、よくあることらしいです。

ただ、よくあることだと言っても、腸閉塞が体にとって危険な症状であることには変わりなく……
腸閉塞(イレウス)は異物や炎症、腫瘍などにより腸管が塞がれた状態(機械的イレウス)、あるいは開腹手術などで腸管が麻痺(まひ)(拡張)して腸の蠕動運動が障害された状態(麻痺性イレウス)を指します。
日本では従来、腸閉塞とイレウスは同じ病態として捉えられてきましたが、腸閉塞は腸管の閉塞、イレウスは腸管の麻痺、と区別されることもあります※1。
イレウスになると、消化物が腸内をスムーズに移動できなくなり、閉塞部位より上部(口側)に多量の消化物がたまります。
そのため便やガスが腸内に充満して、腹痛や嘔吐などさまざまな症状が起こります。
治療の基本は絶食と補液ですが、保存療法でも症状が改善しない場合や血行障害のある場合は手術が必要となるものもあります。
絞扼性(こうやくせい)イレウスでは腸管壁の血管が圧迫されて血行障害が起こることで、出血や潰瘍、穿孔(せんこう)、腹膜炎などが生じ、死につながるリスクもあるため早期の治療が必要になります。
※1 急性腹症診療ガイドライン出版委員会 編. 急性腹症診療ガイドライン2015. 医学書院, 東京, 2015
腸閉塞(イレウス)~お腹の健康ドットコムより抜粋~
私の場合、食べるたびに吐くので、13日(金)にレントゲン撮影の指示が出ました。
結果、腸が止まる一歩手前とのこと。
腸の動きを戻すため、今度は絶食の指示。
さらに、カロリー摂取のための点滴を投与することとなりました。
この点滴は1袋で400キロカロリー摂取できるとのこと。
浸透圧などの関係で、400キロカロリーという数値が、人間が血管から栄養を接種できる限界なのだと薬剤師さんから教えてもらいました。

そのため、高カロリーであっても点滴だけだと痩せていくそうです。
ちなみに水分補給もされているのか、あまり水を飲まなくても何回もトイレに行きたくなりました。
ただ、この方法には問題がありました。
食べ物のニオイです。
コロナが蔓延する前は、動ける患者は食堂へ移動し、各自配膳台からトレイを取って食べていた、この病院。
ですがコロナ禍に入ってから、食事はベッドで食べる方法に変わっていました。
コレ、けっこう厳しいです(^◇^;)
ニオイで気分が悪くなるのに、美味しそうにも感じるというか……
体は固体としての食べ物を欲しているんでしょうね。
カロリーを点滴で投与されているため倒れることはないのですが、なんというか……軽い拷問のような気分(笑´∀`)
コロナ禍で食堂は閉鎖されているため、ニオイから逃げるために病棟のトークルームへ移動していました。

腸を動かす漢方薬と運動(廊下を歩き回るだけですが)でなんとか腸を動かそうとしますが、一度ビックリして驚いた腸が簡単に動くはずもなく……
①腸の動きが良くなったかな~と思ったら流動食&栄養ゼリーへ。
▼
②でもほとんど食べられない、もしくは吐く。
▼
③絶食・点滴へ切り替え。
▼
④体調が良くなったら、①流動食へ戻る▲
これを数日ごとに繰り返した気がします。
重湯の食事に戻ってきたのは、手術を行ってから10日目でした。
手術から8日目ほどで、ふと体が軽くなるのを感じた
大きな手術を行った方ならわかるかもしれませんが……
不意になんとなく、体が軽くなったなと思う瞬間がありました。
それが手術を行ってから8日目のことです。
次は15日目に、また少し体が軽くなっているのがわかりました。
手術を行ったのが金曜日だったので、毎週土曜日に変化が来ている感じでしたね。
それは退院してからも続いて、しばらく感じていました。
基本的に悪い部分は手術ですべて取りましたし、傷も少しずつ塞がってきています。
過剰な運動などしなければ傷が開くこともないので、肉体としては回復してきているのでしょうね。
なので、最終的な目標は腸閉塞にならないようにすること。
重湯やおかゆだけでなく、通常の白ご飯や食パンと普通のおかずを食べられるようになることが、退院の条件となりました。
私個人としても、おかずだけでも早く形あるものに変えたかった。


ペースト状のトマトシチューや魚の味噌煮、かぼちゃの煮付け……等々。
味はそのものだとしても、見た目のせいで美味しく感じません(>_<)
料理は味が良ければ大丈夫だと思っていましたが、やはり見た目も大事なんだなと改めて気づきました……
でも、ペースト状のおかずが出るのは、まだマシなほうです。
少しずつでも治療が進んでいる証拠。
重湯と具のないお吸い物と、高カロリーと書かれた医療用(?)ゼリーだけ。
写真の食事が出る前は、そんな食事のときもありました。
まぁ、点滴でカロリー投与されるくらいなら、水っぽいものでもいいので口に入れられるだけでもまだマシではありますけども。
それに早く退院したかったという本音もあります。
大動脈解離から復帰できたとはいえ、hiroさんの体調のことが心配でしたし、5匹になった我が家のネコ様たちのことも心配でした。
その5匹の世話をhiroさんに押しつけてしまってますしね(>_<)


そのため一生懸命マズい漢方薬をかかさず飲み、さらに1時間ごとに病棟の廊下を歩くように心がけました。
担当医から「腸を動かすためにできるだけ、歩いてくださいね」という指示も受けていたためです。
その甲斐あってか、5月16日に撮影したレントゲン結果で、腸の動きもだいぶマシになっていると言われてホッとしました。
しかし肺に水が溜まっているとも指摘を受けて、その日に水を抜く施術を行うことに。
手術をした人は水が体内に溜まりやすいのだそうです。
なので、術後に水を排出する管を体へ入れているのですが、どうしても溜まるのだとか。
急遽、背中へ局部麻酔をして、右の脇の上のほうから水を抜かれました。
けっこう大きめの注射器でしたので、200cc以上吸い上げたみたいです。
局部麻酔をされているので、針が刺さっている部分は痛くはなかったのですが……
なぜか右肩から頭のほうへ引きつるような痛みがあり、注射器を引っ張るたびに強い痛みが襲いました。
なんでかわかりませんが、神経が繋がっていたのかもしれませんね。
頭に麻酔するわけにもいかないので我慢しました(^◇^;)

ですが、レントゲン結果が良かったおかげで絶食は終了。
でも食事量が増えるまでは、カロリー摂取のための点滴は継続。
それが5月17日。術後から11日目のことでした。
重湯と栄養系のゼリーやドリンクではなく、三分粥にペースト状になったおかずへ。
さらに三分粥へと以降しつつ、まだペースト状のおかずのまま。
それが五分粥、翌日には全粥へ。
おかずも形あるものへと変化しました。
翌日になって、昼ご飯から普通のごはんとおかずへと変化。
吐くこともなく、残さず食べられるようになったことで、「退院」の言葉がようやく先生方の口から出てきました。
退院後の話が出るのと同時に、次の治療の話も出始める
そして退院が間近になってくると、これからの抗がん剤治療や、リンパ節を切除したことによるリスクなどの話が出てくるようになりました。
ステージ1cとはいえ、抗がん剤治療は必要なのかぁと、少し落ち込みました。
抗がん剤って、あまり良いイメージがないですし、事実苦しかったので。
でもがんが残るよりはマシなので、がんばったほうがいいかなぁとは思っていました。
そして私が入院した病院の近くには、大きな神社があります。
なので、
絶対に神様へ抗がん剤治療のことをお願いするぞ!(๑•̀ㅂ•́)و✧
……とか、変な誓いを立ててしまいましたw
またリンパ節を切除すると、リンパ浮腫にかかりやすくなるのだそうです。
足がとてもむくみやすくなります。
それが悪化したり、菌などが入ると蜂窩織炎(ほうかしきえん)になって、別の治療が必要になります。
冊子を渡されたのですが、この蜂窩織炎の画像が怖い怖いコワイヨ(꒪⌑꒪.)!!!
足を毎日マッサージする日々が続いています。
いやぁ、本当に病気になるって大変ですね。
そんなこんなで、無事に治療を終え(?)、5月23日(月)に退院。
入院した日から数えて18日目のことでした。
14日間では退院できませんでしたが、21日間も病院にいることにならなくて良かった、良かった。
まだ一人で歩けない状態だったので、hiroさんに迎えにきてもらいました。
荷物もあったし、本当に助かりました。
このときの私は、もう入院はしたくないわ~~とか思っていました。
抗がん剤治療は通院治療ですとも言われて、ホッとしていましたしね。
……が、
そうは問屋が卸さない。
これから抗がん剤治療で、私は何度も入院する羽目になります。
また体調が良いときに、記録として書きたいと思います^^
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>
猫の気配を人間が察知することはできない
今日は試験的にスマホアプリから投稿^ ^
先日、保護した猫が庭へ飛び出しました。
2年前の8月に保護した、黒猫のクゥです。

過去の日記では「クー」と書いてますが、いつの間にか「クゥ」に変化してましたσ^_^;
何気なくテラス窓をあけて、体を伸ばすようにして庭を覗き込んだときでした。
スッと背後から近寄ったらしく、気がついたら私の目の前にいたんです。
いや、もう驚きました。
慌てすぎて、声が裏返ってしまいましたよ( ̄▽ ̄;)
庭へ出て「クゥ、帰っといでー」と何度か呼びましたが、余計に逃げる始末。
ついにお隣の塀の境目まで行ってしまいました。
するとhiroさんから、
「そんなに声を上げたら、怖がって逃げてしまうから放っとき」
…と言われてしまいました。
とはいえ、一度ハヤテに脱走されたことがある我が家。
ハヤテは無事にお家に帰ることができなかったので、必死に探し回ったのですよ。


見つけたのは、二車線道路を越えたところにある賃貸マンションでした。
右前足に障がいがある体で、よく無事に有馬街道を越えられたもんだ。
チョー大変だった、あの日々の記憶が甦える……_| ̄|○
でも、怯えさせたらクゥもハヤテの二の舞です。
仕方なく、しばらく待って、落ち着く頃合いを見計らいました。
ですが、時間はかけられません。
フィっといなくなる可能性もありますしね。
クゥが塀の上で香箱座りをしたところで、行動開始。
このとき、名前を呼ばないのがポイントです。
屋内でやっているように、普段どおりの口調で語りかけながら、ゆっくりと距離を詰めました。
その甲斐あってか、無事に抱っこして帰宅。

それにしても、猫は背後をとるのが本当に上手い。
外に出られてしまうまで、近寄られていることに、まったく気づけませんでした( ̄▽ ̄;)
野良猫よりも、だいぶ野生味が薄れたとはいえ、やはり動物には敵いませんね。
一昨年から猫が5匹に増えたので、5倍、気をつけていきたいと思います。
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卵巣がん日記 その③~~術後から治療へ
あのときの私はどうしていたのだろうか。
そんなことを思いつつ、記録的に書いています。
ちょうど1年前のことなんだなぁ……
開腹手術後から退院まで~~とにかくすべてが苦しかった
最初の苦しみは、おそらく様々な要因からくる嘔吐
前回の日記で、背中から麻酔を入れる準備をしたと書きました。
roshiatehamother413951.hatenablog.com
硬膜外麻酔ですね。
硬膜外麻酔とは、脊椎(背骨)の中にある脊髄のすぐ近くの硬膜外腔という場所に、 麻酔薬をいれて、手術部位の痛みを無くす、あるいは軽くする麻酔法です。
手術をする所に合わせて、背中のどこから麻酔薬をいれるかを決め、カテーテルという細い管をいれます。
このカテーテルから麻酔薬をいれて麻酔を行います。
公益社団法人 日本麻酔科学会 公式サイトより、抜粋
そして体感してわかったのですが、この麻酔がけっこう強いお薬だったようです。
常に気分が悪くなって吐いてばかりいました。

では、なぜそんな強い痛み止めの薬剤を使用しているのか?
それは、
強い痛み止めでもバンバン使用し、できるだけ早く離床してもらう。
……という考えに基づいてのことだそうです。
病院や患者の保険に関する諸事情、医師や看護師の過重労働なども視野に入っているのかな?
……などと最初は思いましたが、病室でがん関連の書籍をいくつか読んでいるうちに違うとわかりました。
痛み止めを使用し、少しでも体を動かすことによって筋力を戻してゆく。
そして病院側は入院から14日間で退院させようとしているようです。
そのほうが患者のためになる、ということなのでしょう。
昔は
「あまり痛み止めは使用しないほうが良い」
とか、
「術後は動かないほうが良い」
……などと言われていました。
今の考え方は真逆ですね。
なので私も手術の翌日には、電動ベッドで頭部分を上げて、体を起こされました。
若い女の子がやってくれたのですが、いきなり起こされたので手術痕から激痛が。
思わず大声で「痛い!痛い!」と叫んでしまいました。
これも後から気づきましたが、服装から看護師の研修生だったんじゃないかなと思います。
私が怒るように叫んだことで、かなりビビッていましたし。
これが慣れた看護師さんなら、うまく流すと思うんですが、失敗したと思ったのがとても怖がっていました。
ごめんね、看護師の卵ちゃん。
でもね。
いりのはマジで腹が裂けるかと思ったんだよ……_| ̄|○
痛み止めがキツいせいか、かなり吐き続けていました。
あまりに吐いてしまうので、術後2日目にしていったん麻酔を止めてもらいましたが、手術痕の痛みがあまりに強すぎて、2時間も経たずに再開してもらいました。
手術痕って、こんなに痛いんですね……
強い麻酔薬は食べ物の味さえ変える
5月8日(日)からは流動食が出てきましたが、ほとんど食べられませんでした。
食べ物があっても、食べたいと思わないのです。
立ち上がることはおろか、体を起こそうと思っても自由に起きられません。
流動食も口に入れられないし、水や麦茶も飲めない。
これはかなりキツい。
でも食べないと元気になれないので、無理してでも食べる。
すると、必ず吐いてしまう。
お茶でも同様で、なんとか口にできるのが水でした。
さらに困ったことに、飲食物すべての味が、これまで感じていたものではなくなっているんです^^;
だから最初は、「ものすごい濃い味付けの料理を出す病院なんだな~」と思って口に入れてました。
でも、よくよく考えたら病院食がそんなに濃い味付けであるはずがありません。
さらに過去に同じ病院へ入院した経験があり、そんなに濃い味付けでもなかったことを思い出したら、
「あぁ、これって背中の麻酔薬のせいか」
と、なんとか気づけました。
かなり強い痛み止めの薬らしいのですが(服用期間が決まっているほどの強さです)、その作用だけで味がこうも変わるものかと驚かされました。
とはいえ、わかったからといって吐き気が止まるわけではないんです。
しばらくの間、私は吐き気と闘いながら、食べることとも戦っていました。
そんな絶不調の入院期間の合間に、がんから派生するであろう病気の診察を受けることとなりました。
なんでも、がん患者は血栓ができやすいそうです。
なので、総合内科の血栓専門医師に診察。
先にエコーで画像を撮った結果、やはり血栓はあるそうで、簡単な運動を教えてもらい、できるだけ実践するようにと告げられました。
血栓は場所によってさまざまな病気を引き起こす、怖い症状です。
ネットで調べたらさらに怖くなってしまい、ベッドに座れたときだけ、地味に足首を動かす運動をしていました。
やっと背中の麻酔が取れた!
麻酔がなくなったのは、手術から4日後の10日(月)。
ベッド上なら自力で起き上がれるようにはなりましたが、まだ立つことはできませんでした。
麻酔が無くなっても吐くことは止まらず。
そして手術傷の痛みが治まることもなく。
痛み止めの点滴、2種類ほどを、決められた時間感覚を守って投与。
強い薬はだいたい時間を空けて飲んだり、点滴をしたりすることが当然のようなので、痛み止めが切れたときが地獄でした(T_T)
痛みで何度も目覚めてしまい、ナースコールを押したのを覚えています。

5月12日には抗生剤と痛み止めの点滴が錠剤に変わりました。
痛みが起こるたびに起床して服用。

とはいえ、薬も4時間ごとと決められているので、その時間が来るまでは起きても服用できません。
入院中は……いえ、退院しても、この痛みによる苦しみはしばらく続き、数時間ごとに起きていました。
とはいえ、傷による痛みは日にち薬のような部分もあります。
なので、痛みも薄皮を剥ぐようにではありますが軽減されていました。
薬を飲むための待ち時間も、慣れもあるのでしょうが、次第に耐えられるようにもなっていましたしね^^
本当の意味で大変だったのは、手術による体内への影響でした。
お腹の中を触ることが、こんなに大変な思いをすることだったとは……
長くなりましたので、続きは次回に書くことにします。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>
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卵巣がん日記 その②~~そして手術室へGO
自分のための記録日記^^
1回目の日記が長すぎた気がするので、分けることにしました。
手術前日から手術終了、まで。
もう少し詳細に思い出しながら書き直してみたいと思います。
大学病院で初めての手術へ
手術前の準備って、意外に大変
まずは絶食と下剤の服用
2022年5月6日(金)、ようやく手術を受けることとなりました。
入院は前日から・
その日の朝に病院へ入り、昼食を食べてからは絶食。
そこから準備が始まります。
まずは食後に下剤の服用。
私の場合は卵巣がある下腹部の手術であることと、状況によって人工肛門を取り付けるため、事前準備として必然となりました。
下剤の服用する日、時間は病院によって差があるようです。
ネットで調べたら、手術の3日前から飲むと書いている病院もありました。
また下剤と言っても、錠剤ではありません。腸や大腸を洗浄するための水タイプの下剤です。
大腸内視鏡検査でマグロコールPやモビプレップ等を処方されるかと思います。

コレ、驚くほど超マズいんです。
個人差はあるかと思いますが、私は吐き気を覚えるほどでした。
でも、大腸がスッキリします。
入院の際に飲んだ下剤は、それよりも小さなタイプ。
薬剤名は忘れましたが、350㎖のペットボトル飲料くらいの大きさでした。
それでも出てくる大便の色が水っぽくならなければ、浣腸も行います。
私も下剤では水っぽくならず、浣腸されました。
あんなの、子供のときだけだったよ……ちょっと恥ずかしい_| ̄|○

下剤を飲んで便意を待つ間に、ストーマ装具を取り付ける位置を仮決めしておきます。
シャワーを先に浴びてから、上下左右、お腹に水性マジックでマルを書くんですね。

この位置に看護師さんがマルを書いていました。
まずは大きくお腹に丸を、それから縦横に線を書いてから、「ここかな?」と言って○と4ヵ所書いたので、下の画像を脳内でイメージしていたんでしょうね↓↓

このとき質問しなかったので詳細はわかりません。
でも骨がある位置には付けられませんし、便を出す器具なので、あまりに大腸から遠かったら意味がありませんしね^_^;
さらに手術部位が下腹部になるため、毛剃りも行われます。
下腹部の、ホントに際まで剃られました。
「切除するの卵巣だしな、けっこうお腹を切るのかな~」と呑気に考えていたくらいです。
下準備を終えても夕食はなし。
飲めるのは病院から与えられたスポーツドリンクらしきもののみ。
そして21時に消灯。早っ(*゚Д゚)
お腹も空いているし、こんなに早く寝られるかーとか思ってましたが、LINEでhiroさんに連絡してから目を閉じると、素直に寝てしまってました。
準備が終わったら手術室へGO!
自分でも驚くほど緊張しなかった
早めに寝たおかげか、5時に起きてもスッキリしていました。
いま考えても不思議なんですが……
ほとんど緊張しておらず、リラックスしていました。
腹を括ったとか、覚悟を決めたとか、そういう気合いが入った感覚ではなく……
もう先生方や看護師の方々にお任せするしかない、という気分でもなかった気がします。
すでに私ができることは全部やっています。
……とは言っても、体調管理と神頼みくらいですけども。
神頼みは複数箇所でお願いしました(笑´∀`)

でも、その神頼みが良かったのかなと、今は思っています。
入院してからずっと、なんとなく「守られている」という気分でいることができましたから^^
9時に病室で術着に着替えて、歩いて手術室へ。
手術室は少し寒かったです。
手術台に寝かされると、看護師さんが選んだ医療用の着圧ソックスをはかされました。
おそらく、しばらく寝たきりになるためではないかと思われます。
今も愛用していますが、サイズが大きかったようで、あまり着圧感が薄いです。
MかLでサイズを迷ってらしたので、Mサイズと言えば良かった。
それから背中へ入れるという麻酔の管を入れる施術がまず行われます。
硬膜外麻酔の準備だったかな?
施術のために局部麻酔もされたような気がしますが、なんせ背中なのでわかりません(^◇^;)
「ごめんなさいね~。背中なので痛いですよ~」
……と看護師さんたちに言われましたが、想像していたほどの痛みではありませんでした。
もっと激痛がくると思っていたようです。
いりの、マンガ読み過ぎ!(笑´∀`)
実は私、早起きしてしまったせいか、背中に施術を行っている間に眠くなってしまい、思いっきり寝てしまったようです。
背中に管が入ったあたりから、ほとんど記憶がないので、医師や看護師の方々に呼びかけられても答えていないと思います。
全身麻酔の手術ですが、麻酔をかけたときもわかりません。
ドラマとかでは声をかけてもらえるようですが、ほとんど覚えていませんw
開腹手術は予想以上に長丁場でした。
9時に手術室へ入り、諸々の処置を行って、おそらく9時30分過ぎには開始されたかと思います。
その後、hiroさんへ電話で手術終了と内容の知らせが入ったのが19時40分頃だったと、後から聞きました。
10時間も手術したんですね……
担当された医師や看護師の皆さま、本当にありがとうございます。

当の私は麻酔から目覚めた後、すぐに病室へ戻されました。
がんは、部位によっては数日ICUに入ることもあるそうですが、私は行くことはありませんでした。
手術室から出るときに、自分でも驚くほどガタガタと震えていたのを覚えています。
おそらく大量に出血したせいだと思いますが、とにかく寒かった。
真冬に薄着で放置された気分でした。
医師か看護師の誰かが、「電気毛布を当ててあげてね~」と言っていたのを、うっすら覚えています。
5月でそこそこ暖かい日だったと記憶していますが、一晩電気毛布にくるまれて寝ました。
翌日、普通に朝7時過ぎくらいにに目覚めることができましたが、常にうつらうつらとしていたような気がします。
体がとにかく重く、ベッドから動けませんでした。
もちろん食事なんて頭に浮かびません。
体中にいっぱい管がついていて、何がどうなっているのか最初はわかりませんでした。
それが徐々に理解できはじめた頃に、術後の症状が出てくるのですが……
書き出すと長くなりますので、次回にいたします。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
卵巣がん日記 その①~~検査から入院まで
今日から卵巣がん治療で、いろいろと経験したことを含めて、書いてゆこうと考えています。
がん専用で別ブログを立ち上げて書こうかなとも考え、試行錯誤しました。
でも、な~んかしっくりこないんで止めました。
ほとんど自分のための記録日記。
体調が良いときに、ちょこちょこ手帳へ書き残していた記録から、卵巣がんが見つかった後の行動を写しておきたいと思います。
卵巣がんが見つかってからやったこと、起こったこと
検査、診察、検査、説明!!
2022年の6月頃にアップした日記で、卵巣がんがみつかりましたと書きました。
roshiatehamother413951.hatenablog.com
がんが判明すると何が頻繁に行われるのか?
それは検査です。
とにかく検査と診察のオンパレード。
採血から始まり、CT検査、MRI検査、PETーCT検査、エコー(超音波)検査、大腸の内視鏡検査……等々
もしかしたら病院で受けられる全ての検査を受けるかもしれないとか、まじめに考えてしまいました。
その間に麻酔科での手術時に使用する麻酔の事前説明、婦人科で私の体の現状とそれに伴う手術内容の説明もあります。
ほとんどが検査と説明の日々です。
しかもコロナ禍ということもあり、入院前にはPCR検査を受けなければなりません。
コロナ陽性だと自宅待機となってしまうため、入院できずに1週間~2週間以上なにもできなくなります。
これが本当に困りものなのです。
実はいりのはコロナにかかってしまいました
3月上旬にがんの疑いがあり、3月中頃にはほぼ「がん」だろうということで、元々通っていた大学病院への転院となりました。
3月中頃に、一度目の診察を受けたまでは順調でした。
ところが、忘れもしない2022年3月28日、深夜1時か2時頃だったでしょうか。
就寝中、突然下腹に激痛が走りました。
飼い猫が私の体に飛び乗った瞬間でした(写真のような高さからではないですが^_^;)

このサビ猫レアはとっても甘えん坊で、私の体の上で寝るのはほぼ毎日のこと。
なので飛び乗るのも珍しいことではありません。
ですが、この日は違いました。
最初は「痛い」だったのが「すごく痛い」へ。
次第に呼吸ができないほどの激痛となって動けなくなり、ついには救急車を呼んでもらいました。

診察の結果、卵巣腫瘍の破裂(チョコレート嚢胞破裂)と判明。
緊急入院となり、その場でPCR検査となったのですが……
なんと陽性。
「すみませんが入院できません」と言われてしまい、抗生剤などを処方されるだけで自宅へ帰されてしまいました……(゚◇゚)ガーン
hiroさんが救急車の後ろをついてきてくれたので、帰宅するのは問題なし。
でも私がコロナ患者になってしまったため、彼は濃厚接触者になってしまいました。
10日ほど2階へ隔離され、hiroさんには1階のリビングで寝ていただきました。
食事も作ることが許されないため、すべてhiroさん任せです。
とはいえ、最初の5日間ほどは下腹部の痛みでほとんど寝たきりでしたし、強い抗生剤だったせいか嘔吐と下痢がひどくて家事どころではありませんでした。
不幸中の幸いといえば、hiroさんがコロナ陰性だったことでしょうか。
それでも、hiroさんも5日間ほどは自宅待機。
陰性と判明してから会社から出社許可が出るまでの数日間は自宅待機しなければなりませんでしたが、無事に出社できるようになりました。
hiroさんが職場復帰する頃には私の体調もだいぶ良くなり、普通に動けるようにはなっていました。
ですが、私にはコロナの症状はほとんど出ていなかったんです。
ワクチン摂取のおかげでしょうね。
痛かったり辛かったりした症状は卵巣腫瘍の破裂(チョコレート嚢胞破裂)の部分だけ。
それが治り始めると、健康な人と同じように活動できていました。
保健所の方が毎日電話をくださいましたが、コロナらしき症状を伝えることはありませんでした。
(※「帰宅してから下痢が続いています」と告げると、「処方された抗生剤のせいかもしれません。強いお薬なのかも」と言われました。おそらく、他のコロナ症状が出ていないのに下痢だけ続くのはおかしいと保健所の方も思われたのだと思います)
いやはや、ホント人生って何が起こるかわかりませんね。
大学病院での診察と検査、再開
コロナにかかっていなければ全ての診察・検査を終えて、4月下旬には手術を行う予定だったのですが、約2週間ほど予定が繰り下がりました。
4月中頃に改めて婦人科の診察が始まりました。
それからは1日で3種類ほどの検査を行うハードな日程で、週1日、多い日は2日、必ず大学病院へ通います。
検査の他にも、麻酔科の説明と同意書へのサイン。
当たり前ですが、どんな麻酔を使うのかという説明がほとんどです。
主に全身麻酔を行うことと、その後に何が起こるか、起こりやすいかの説明。
でも、一番わかりにくかったのが背中から管を入れるという麻酔です。
背中は重要な神経が集中しているらしく、麻酔を入れるととてもよく効くんだそうです。
おそらく硬膜外麻酔と言うのかな?
首から下のあらゆる部分の手術に使用できて、全身麻酔と併用できるうえに、術後も背中の管から麻酔を注入できます。
翌日には検査を行ってから、さらに採血し婦人科での診察。
このとき、がんのステージの予想を告げられました。
ステージ1c
おお。思ったより軽いんじゃね?
……とか、いりのは呑気に考えていました。
市民病院でがんを告げられたとき、卵巣がんをネットで調べましたが、わりと発見が遅れやすいがんらしいのです。
なので、発見時にはステージ2を超えてる可能性あるな~と思っていたので、少しだけ気が楽になりました。
もちろん、開腹しないと正確なステージはわからないのですが、おそらく大丈夫だろうと楽観視することにしました。
麻酔の説明でもそうですが、わからないことがあると人間は不安になります。
いりのも最初は不安でした。
ですが、不安になってばかりで小さくなっていても仕方がありません。
ネガティブでいても、がんに良くないんじゃないかなと思いましたし……
体の中に、良性だろうが悪性だろうが、腫瘍があることは事実ですしね。
なので、まな板の鯉ではありませんが、手術に関しては大学病院の先生方にお任せすることにしました。
なんせ自分で手術はできませんしね。
手術にしろ麻酔にしろ、わかるまで説明を受けても、すべてを理解できる自信もありませんし。
……と、まぁ、偉そうに書いてはいますが、実際に私にできることなんてほとんどないです。
コロナに再度かからないように注意し、体調を整えておくくらいで。
なので、手術前に「ステージ3です」とか告げられていたら、そう考えられたかは自信ないです(>_<)
そして、婦人科でも手術内容の説明と同意書へのサインです。
がんでなければ卵巣にある腫瘍だけを切除して終了。
がんであるならば、両方の卵巣、子宮、転移の可能性がありそうなリンパ節をすべて切除します、とのこと。
さらに、このときの説明では、人工肛門を付ける可能性があると告げられました。
腫瘍が腸に癒着していて切除する際、誤って腸を傷つけることが希にあるそうです。
もちろんそんな技術の持ち主が手術するとは思えませんが、外科医も人間です。
間違いがないとは言い切れません。
また、がんが腸や大腸へ移転していたら、そこも切除しなければなりません。
腸を傷つけた場合、人工肛門をお腹に付けて腸を守るのだとか。
ストーマ装具と言うそうですね。

さすがに、それは避けたいなぁとは思いましたが、お腹を開けてみないことにはわからないので、嫌とは言えません。
それだけのためにがんを放置するわけにもいかないので、もちろん承諾しました(T_T)
翌週が5月の連休に入ってしまうため、5月5日に入院し、翌6日に手術と決定しました。
この日が一番早い手術予定ですと、担当医は仰ってました。
でも、最終の婦人科診察が4月28日。
翌日からゴールデンウィークに突入してしまいますし、祝日は病院も休み。
なにより、29日以降で平日と言えば4月30日(金)、5月2日(月)くらい。
連休が絡むと病院も予定を組むのが大変なんですね。
とにもかくにも病院へは無事に入ることができました。
長くなりましたので、手術の記録は次回にいたします。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。




