おはようございます、いりのです。
皆様、ご無沙汰しております。
気がつけば、前回投稿してから1ヶ月が過ぎていたようで……
はてなブログさんのメルマガから「記事を書きませんか?」とか、催促が来ておりました^_^;
この1ヶ月間、それなりにいろいろとありまして……
もっとも更新が遅れた理由は、ノートパソコンの調子が悪くなってきたので、正月商戦が終了し、落ち着いてから思い切って買い換えました。
デスクトップパソコンもですが、どちらも近い時期に購入したPCだったので…
どちらも6年くらいがんばってくれました。
そのモロモロの作業や私事の準備や手配などで時間が過ぎ去っていたようです。
……で。
最初は小説を載せようかと思っていたのですが、小説の進み方がかなり悪いので、今回は下書きにしたままの日記を処理することにしました。
過去にも映画感想の日記を書いたかと思うのですが……
roshiatehamother413951.hatenablog.com
あれから映画レビューはまったく書いてない感じですねσ^_^;
実はけっこう観ておりまして…
年末にもドラゴンボールの新作映画なども観たのですが、なにぶん感想をアップする時間がなく……(>_<)
映画は好きなのですが、あまり観に行くほうではないので……
(※自宅が田舎で映画館が遠いので、体調が良くないといけないというのが理由です)
観たモノはできるだけ日記にしたいんですけども。
なので、もっぱらテレビ鑑賞か、もしくはレンタルでの鑑賞です。
(※最近はネットでの鑑賞も増えました)
今日は、その中でも見てよかったな~と思った過去の作品の感想を書いてみたいなと思います。
最初の作品は「THE DARK KNIGHT」
かなり昔にレンタルで観ました。
正義と悪業は別物であり、平和と正義もまた別物であるとは思います。
ですが、平和と悪業は表裏一体のものであり、それらを貫こうとする意思は似て非なるものでありながら、薄皮で張り付けられたかのごとく同等のものとも感じることができる。
正義と悪業が同一化することはないのですが、平和を貫くことは悪業をも背負うことではないのかと疑問視してしまう
日常のできごとから人々の心の片隅に、ひっそりと積もり積もる疑問を映像化させた映画。
それがクリスチャン・ベール主演作品
「The DARK KNIGHT」ではないかと思います。
今のところ、私のなかではかなり上位に入る映画。
上映されてから10年以上経ちますが、今でもものすごく好きです。
最初に観たとき、勢いでBlu-rayを購入したくらい気に入ってます。
必見すべきは、やはり、この作品へ魂を注ぐべく演じる俳優たちでしょうか。
彼らは与えられた役を自らの中で膨らませ、重要な布石として存在感を放っています。
故ヒース・レジャーの演技ばかりが注目されがちでしたが、名優たちの作り込んだ演技、作品の構成力・世界観。
それが見事に重なってこその作品であり、演技だと私は思いました。
当時、ヒース・レジャーはアカデミー助演男優賞を受賞しましたよね。
確かにヒースの演技は光っていました。
この映画を観た方のなかには、主役であるクリスチャン・ベールを呑みこんでしまったと、感じる人も多いのではないかと思います。
実際、途中で「この映画の主役はジョーカー?」と思うこともしばしばでした。
あまりに強烈だったんですね。
そういう観点から見ると、「脇役」であるヒースの演技は高く評価していいものかと疑問に感じます。
しかしヒースの狂気がなければ、この映画は成り立たないとも思えます。
彼の狂気があるからこそ、クリスチャン・ベールの狂気もまた映えている。
光と影の狂気が見事に相対しあった作品。
そう考えれば、ヒースが助演男優賞を受賞した事実は頷ける気がしました。
ジョーカーは「狂気」という名の台風の目。
その狂気に振り回されるようにして、バットマンも正義への狂気を加速させてゆきます。
悪業の狂気。 正義の狂気。
実は同じではないのか。
平和を守るためと言いながら、犯罪行為を犯すのであれば、それは悪業ではないのか。
そう思わせるほどに、ジョーカーはすべてを振り回していました。
バットマンも、ゴードンも、デントも、レイチェルも、それぞれの立場で、曲がることのない自分の正義を貫こうとします。
その狂気に町のすべてが巻き込まれてゆきます。
警察、検察、マフィア、受刑者、一般市民。
強者、弱者問わず、果ては動物たちに至るまで。
ゴッサム・シティという「街」そのものがジョーカーに振り回されてゆきました。
ゆえに観客は主人公:バットマンとともにジョーカーの狂気に振り回されてゆくことになります。
だからこそ、観客はバットマンの言動ではなく、ジョーカーの言動へ惹きつけられてしまう。
冒頭の銀行強盗から始まる小さな狂気は、物語の後半へと進むに従って渦巻く風のごとく次第に大きくなってゆく。
台風のごとく、事件が増えるたびにあらゆる人々を呑みこんで巨大化してゆく。
それは目を覆いたくなるような狂気であるにもかかわらず、いや、大きくなるからこそ、その先を追い続けたくなる。
怖いもの見たさの心理というのでしょうか。
無意識に人間の本質を自問自答してしまい、ジョーカー、そしてバットマンへ答えを求めてしまう。
その結末として叩きつけられる、正義の転落。
あっけなく堕落する熱血漢は、あまりにも痛々しいものでした。
平和のために、すべての業を背負ったバットマンの姿も同様です。
唯一の「光」とも思えた子供の視点。
ですが歳月が過ぎ、大人になった彼らが次の「ジョーカー」とならない保証はどこにもありません。
それらをどのように受け止めるのかは、観客次第なのだと思います。
アメコミ映画とは思えないほどのリアリティでした。
昔、ジョージ・クルーニーのバットマンを観ましたが
明らかな娯楽作品で、ここまでの問題提起はありませんでした。
主演が悪役のアーノルド・シュワルツェネッガーという不思議なバットマン映画……(笑)
ネームバリューのせいでしょうね。
でもジョージがカッコよくて、バットマンがヒーローで、悪役がカッコよく暴れてくれたらええわ~みたいな。
バットマンも時代が変わると内容が難しくなるんですね~(;´・ω・)
もちろん、非の打ちどころがないと、手放しで誉める作品であるかはわかりません。
感想なんて、基本的に個人の主観ですし、「いや、これ駄作でしょ」という方もおられると思いますし^^;
個人的には、ジョーカーが消えたあたりで少々ダレた感もありましたしね。
逆にいえば、それだけ「ジョーカー」という存在が大きかったということだと思いますが……
とはいえ、当時は久しぶりに時間を忘れて見入った作品でした。
シシィが「メシくれ~」と目の前に来なければ、晩ごはん作るのも忘れていたと思います(笑)
「~ながら」で見る私が、テレビの前にくぎ付けとなった作品。
ちゃんと椅子に座って真正面から観た映画でした。
そして久しぶりに
映画館で見れば良かったわぁぁぁあああぁぁぁぁぁああっ!!!(゚◇゚)
……なんて、頭を抱えてもんどりを打ち、後悔した作品でもありました。